読脳アカデミー
スクール生の声

宇宙と自分の問いかけ【2019年専科2年 小嶋彩水さん 神奈川県 無職 21歳】

伊東先生との関わりは、10年ほど前の発病当時からだ。あの時が私にとって本当の人生の始まりだった。寝たきりで会話も飲食もできず、医師からは呼吸中枢に波及の恐れがあると診断された。

当時、私は小学6年。医師の言う難しい言葉はよくわからない。今起きてる現実をどう受け入れていいのか混乱していた。

これは夢なんだって何度も言い聞かせた。体が死んでいる。少し動かせる左手で右の手首をかき、傷をつけて命を絶とうとも思った。でも、何日たっても、体は動いてくれなかった。

生きることも死ぬことも、何もできないようだった。パルス療法を始めた。薬に生かされている体は自分ではなかった。何も考えられなくなっていた。いつしか辛さという感情さえも見えなくなっていた。

でも、そのなかでも、繊細な存在としてのわたしがいた。 一度、回復に向いた。体が動けるようになっていく。嬉しさの影に、何か大きな忘れ物があるようだった。この経験から大切なことに向き合えていない感覚。これは何だろうという問いが強くあった。

数日後、再発した。先述した通り、全身麻痺で、唯一動きがあるのは瞼だけだった。この瞼が閉じて、開かなくなったら、死ぬんだ。死と隣り合わせだった。瞼の動きはまるで心臓の鼓動のようだった。目を開いて見えるのは、真っ白な天井。自分の体を見て確認することもできない。体感もなかった。

体はどこにあるの?その問いを道標として感じていく。どこまでが体なのかわからない。でも、どこまでも感覚と問いは膨らんでいく。自分の存在を問う一直線でシンプルな問いばかりだった。無知の無限の空間が、拡がっていく。動かない未知の体を感じることが、自分の存在の未知を問いかけていった。感じるところまで感じきると、そこに存在する自分が強くいる。

何もできないのに生きているこの自分って何?問うて通った先にある感覚だった。

 

あれから、排尿障害や構音障害は乗り越え、杖を突いて歩けるようにまで回復している。しかし、日常生活で、障害にぶつかると、より自分の生きる根源を追い求め続ける日々が、続いている。あの時の自由に動けていた空間はなんだったのか不思議で、生きていることが、自分の存在への問いになっていた。

いつしか呼吸に変化が起こっていた。起きていると苦しさがあり、眠ると呼吸が止まる。体のどこで息を吸っていいのかわからない。でも、生きたいから吸って吐く。呼吸って何?この存在は何?問い続けているこの自分は何?苦しくなるほどに、問いが大きくなる。

死にそうになっても求めるものがあった。意識がなくなって真っ暗な世界にいた。死の寸前に立たされた時、あるのは存在という宇宙そのものであった。

 

このことがあり、大学を休学し、スクールに通いながら、自分の問いを追い続けた。あの存在の感覚は、自分の存在する意味、理由、必要。それを深めるのに今の私に大学は必要がない、そう決断して、手放した。

その時あったのは、素の自分だった。この自分で経験を積み世の中を、人を知りたい。自分軸をしっかりと持ち、世界で生きる術を探求していきたい。

無限な宇宙から地球を見るように、個を眺め探求し、全てが繋がり合うフィロソフィー、自分の哲学を持ちたい。 そして、10年たっても変わらず強まっている、夢を実現させたい。

病気の経験を活かし、行き(生き)詰まっている方の役に立つ。 病気をチャンスに見つめ始めた「存在する意味、理由、必要」を更に深め、根源にある「本来の納得、幸せ」を掴みその自分で生ききり、求めている人に自分の声で伝えていきたい。

 

そのために、ここで学び、実践していきたい。

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